田舎での子育て。土と、空と、子供たちと。都会の子育てとの比較してみよう

田舎暮らし

子育てに最適なのは、都会だろうか。それとも、田舎だろうか。

この問いは、まるで振り子のように僕たちの心を行き来する、終わりのないテーマなのかもしれません。

僕自身、18歳で群馬の田舎から東京へ飛び出し、都会の刺激と利便性の中でキャリアを築いてきました。夜遅くまで開いているスーパー、数分おきに来る電車、そして無数の文化施設。そのどれもが、当時の僕にとっては何物にも代えがたい魅力でした。だから、都会での子育てが持つアドバンテージも痛いほど理解しているつもりです。

しかし、30代になり、自身のライフステージが変化する中で、心の振り子はゆっくりと、しかし確実に「田舎」の方へと振れていきました。そして数年前、僕は妻と共に伊豆の小さな町へ移住。今は、かつて自分が育った環境に近い、穏やかな時間の中で暮らしています。

なぜ、都会のすべてを知った上で、僕は「田舎での子育て」にこれほどまでに心を奪われるのか。

もちろん、田舎には都会と同じような教育環境はありません。選べる学校の数は限られ、最新鋭の設備が整った学習塾や、多種多様な習い事の選択肢も少ないのが現実です。 この点は、子どもの将来を思う親として、無視できないデメリットに映るかもしれません。

だけど、都会の喧騒の中では決して聞こえない声が、田舎にはあります。コンクリートの隙間では見つけられない宝物が、ここには眠っている。僕は、それを知っている。

この記事は、単なる都会と田舎の二元論ではありません。幼少期を群馬の田舎で泥だらけになって過ごし、都会の空気を吸い、そして再び土の匂いがする場所へ戻ってきた僕自身の半生を振り返りながら、田舎での子育てが子どもの心と体に、いかに深く、豊かな根を張らせるのかを、僕自身の言葉で綴る物語です。

筆者紹介◆

一年前に会社員という生き方を手放し、今は伊豆の海が見える家で、1日4時間ほどの在宅ワークで生計を立てています。田舎での穏やかな暮らしと、そこから生まれるクリエイティブの可能性を日々探求しています。

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創造性の源泉は、「何もない」という最高の遊び場にあった

僕が育った群馬の田舎には、いわゆる「娯楽施設」と呼べるものはほとんどありませんでした。ゲームセンターも、映画館も、ショッピングモールもない。それどころか、整備された公園の数すら、都会に比べれば圧倒的に少なかった。

では、僕たち子供は何をして遊んでいたのか?

答えはシンプルです。自分たちで「遊び」を創り出していました。神社の裏山は秘密基地になり、田んぼの用水路は冒険の海に、道端に転がる石や木の枝は、どんな高価な玩具にも負けない一級品のツールになりました。

誰かに与えられたルールの中で遊ぶのではありません。遊びのルールブックは、いつも僕たちの頭の中にありました。どうすればもっと高く木に登れるか、どうすればもっと遠くまで石を投げられるか。友達と知恵を絞り、試行錯誤を繰り返す毎日。そこには、失敗も、ケンカも、そして発見の喜びもありました。

最初から「楽しい」がパッケージされた玩具で遊ぶことは、ある意味で子供の想像力に蓋をしてしまう行為なのかもしれない、と今の僕は思います。用意されたレールの上を走るのではなく、自らレールを敷き、行き先を決める。そのプロセスこそが、本当の意味での「創造性」を育むのではないでしょうか。

事実、いくつかの研究では、自然環境がクリエイティビティを高める可能性が示唆されています。 決められた用途のない自然物に触れる体験は、思考を柔軟にし、新たな発想を生み出す土壌となるのです。

今、僕が作家やデザイナーとして、ゼロから何かを創り出す仕事に就けているのは、あの頃の「何もない」環境のおかげだと、心の底から信じています。何もないからこそ、考えた。何もないからこそ、創り出した。あの原体験がなければ、今の僕はいなかったでしょう。

五感で学ぶ、命の教室。教科書が教えてくれなかったこと

「命の大切さを学びなさい」

学校では何度もそう教わります。もちろん、それは非常に重要なことです。しかし、「命」とは一体何なのか。その手触りや重みを、僕たちは教科書の文字だけで本当に理解できるのでしょうか。

僕にとっての「命の先生」は、カブトムシであり、カエルであり、名も知らぬ草花でした。

夏休み、クヌギの木に集まるカブトムシを捕まえては、その力強い生命力に胸を躍らせました。しかし、秋が近づくにつれて、彼らは少しずつ動きが鈍くなり、やがて動かなくなる。その小さな亡骸を土に埋めながら、僕は「命には限りがある」という、抗いようのない事実を学びました。

田んぼの畦道(あぜみち)を歩けば、小さな命の営みがそこかしこにありました。オタマジャクシがカエルになり、ヘビに食べられる。そのヘビは、タカに狙われる。残酷だけれど、そこには厳然とした「生態系」という名の秩序がありました。それは、図鑑で見る知識とは全く違う、生々しく、力強い実感でした。

東京大学の研究グループが行った調査では、緑地など地域の自然環境に頻繁に行く子供ほど、生物多様性への保全意欲が高いことが示されています。 自然との直接的な体験が、命を尊重する心を育むことは、科学的にも裏付けられているのです。

土の匂い、風の音、草のざわめき、そして生き物たちの息づかい。五感のすべてを使って自然と対峙した経験は、僕という人間の根っこを深く、太くしてくれました。それは、知識としてではなく、「体感」として刻まれた、僕だけの原風景です。

都会の子供たちが自然と触れ合う機会が減っている今、この「体感」として学ぶ機会がいかに貴重であるか。僕は改めてそう感じています。

泥だらけの日々がくれた、心と体の「たくましさ」

今思うと少しゾッとしますが、僕は小さい頃、野山を駆け回り、虫を捕まえたその手で、母が作ってくれたおにぎりを平気で食べていました。

現代の衛生観念からすれば、眉をひそめるような光景かもしれません。しかし、そのおかげか、僕は驚くほど丈夫な体に育ちました。大人になった今も、大きな病気をした経験はなく、風邪をひくことも滅多にありません。お腹を壊す記憶もほとんどないのです。

これは単なる偶然なのでしょうか。専門家ではありませんが、過度に清潔すぎない環境が、かえって強い免疫システムを育んだのかもしれない、と感じています。

そして、もう一つ。田舎暮らしが僕に与えてくれたのは、圧倒的な「体力」でした。

僕が通っていた小学校は、自宅から片道1時間以上の道のり。毎日、友達と他愛もない話をしながら、田んぼ道を歩いて通いました。中学生になると自転車通学になりましたが、それでも30分以上ペダルをこがなければ学校には着きません。学区が広大な田舎では、通学自体が一種のトレーニングでした。

スポーツ庁の調査によれば、幼児期に外遊びをよくしていた児童は、小学生になっても日常的に運動する傾向があり、体力も高いことが分かっています。 また、フィンランドの研究では、屋外で過ごす時間が長い子どもほど運動能力が高いという結果も報告されています。

もちろん、体力がつけばそれで良い、という単純な話ではありません。大切なのは、そのプロセスです。友達と肩を並べて歩いた通学路の風景、季節ごとに色を変える木々、雨上がりの土の匂い。それらすべてが、僕の心を豊かにしてくれました。あの長い道のりは、単に体を鍛える時間ではなく、心を育む時間でもあったのです。

都会の便利な暮らしの中では、なかなか得難い経験だったと、今改めて思います。

都会と田舎、子育て環境を冷静に見つめる

ここまで僕の田舎での経験を語ってきましたが、もちろん田舎が万能だと言うつもりはありません。子育ての環境を選ぶ上で、冷静な視点は不可欠です。そこで、都会と田舎のメリット・デメリットを客観的に比較してみたいと思います。

項目 都会での子育て 田舎での子育て
教育・習い事 選択肢が非常に豊富。塾、私立学校、専門的な習い事など、子供の興味に合わせた環境を選びやすい。 学校や塾、習い事の選択肢が限られることが多い。 オンライン学習の活用が鍵になることも。
医療 専門医や夜間・休日診療に対応した病院が多く、いざという時に安心。 医療機関が少なく、専門的な治療を受けるためには遠出が必要な場合がある。
自然環境 公園などは整備されているが、ありのままの自然に触れる機会は少ない。 山、川、海など、雄大な自然が日常の遊び場になる。五感を通じた学びの機会が豊富。
コミュニティ プライバシーが保たれやすいが、近所付き合いは希薄になりがち。 地域との距離が近く、多くの大人に見守られながら育つ安心感がある。 一方で、人間関係が密になりすぎることも。
安全性 交通量が多く、事故や犯罪のリスクは相対的に高い。 交通量は少ないが、街灯の少ない夜道など、別の注意点も存在する。
コスト 住宅費や物価が高く、生活コストはかさみがち。 家賃や食費などを抑えやすい。 自治体によっては手厚い子育て支援制度も。

このように、どちらにも一長一短があります。大切なのは、ご自身の家族が何を最も大切にしたいのか、その価値観に合った場所を選ぶことだと、僕は思います。

「ただいま」と言える場所。故郷がくれた、人生のセーフティネット

東京で生まれ育った人が、僕から見て一番「もったいないな」と感じてしまうこと。それは、「上京」という一大イベントを経験できないことです。

18歳の春、僕は地元の群馬を離れ、東京での一人暮らしを始めました。初めて見る満員電車、夜空を覆い尽くすネオンの光、街を行き交う人々のエネルギー。そのすべてが新鮮で、僕の胸は期待と興奮で張り裂けそうでした。田舎で育ったからこそ、都会の何もかもが輝いて見えたのです。あの時の高揚感は、今でも忘れられません。

吉幾三さんの歌ではないですが、「おら東京さ行ぐだ」という感覚は、田舎出身者だからこそ味わえる特権です。

そして、それと同じくらい、いや、それ以上に価値があると感じているのが、「帰る場所」があるという事実です。

都会での暮らしに疲れ、心がささくれ立った時。「ただいま」と帰れば、変わらない風景と、温かく迎えてくれる家族がいる。この安心感は、人生における何より強力なセーフティネットになります。

いつでも帰れる故郷があるからこそ、僕たちは新しい場所で思い切り挑戦できるのかもしれません。もし失敗しても、ここに戻ってくればいい。そう思えるだけで、どれだけ心が軽くなることか。

自分の子供にも、そんな「心の拠り所」となる故郷を用意してあげたい。それが、僕のささやかな願いです。

食卓から始まる物語。採れたての野菜が教えてくれたこと

「子供に与える食事には、できるだけ気を使いたい」

多くの親がそう願うのではないでしょうか。田舎暮らしは、その願いを最も自然な形で叶えてくれる環境だと思います。

僕の田舎の家には小さな畑があり、夏になるとトマトやキュウリ、トウモロコシが実りました。スーパーに並んでいる、形が整った野菜とは少し違う、不格好だけれど生命力に満ち溢れた野菜たち。もぎたてのトマトにかぶりついた時の、青臭くて、甘酸っぱい、太陽の味。あの感動は、今も鮮明に覚えています。

子供の頃は、それが「無農薬」だとか「オーガニック」だとか、そんなことは全く気にしていませんでした。ただ、純粋に「美味しい」と感じていただけです。

しかし、大人になった今、あの食事がどれだけ贅沢なものだったかを痛感します。そして、自分で土を耕し、種をまき、水をやり、収穫するという一連の体験が、食べ物への感謝の気持ちや、命をいただくことの意味を、言葉ではなく感覚として教えてくれたのだと分かります。

食育とは、単に栄養の知識を教えることだけではありません。食べ物がどのようにして私たちの食卓に届くのか、その背景にある物語を知ることです。田舎には、その物語を肌で感じられる機会が、そこかしこに転がっています。

安全で、新鮮で、何より美味しい。そんな最高の食材を、子供と一緒に育てて、一緒に食べる。親にとって、これ以上の幸せがあるでしょうか。僕はない、と思っています。

【まとめ】僕がわが子を田舎で育てたい、たった一つのシンプルな理由

今のところ、まだ僕たち夫婦に子供はいません。

でも、もし新しい命を授かることができたら、僕は迷わず田舎で育てたいと考えています。その想いがあったからこそ、僕たちは若いうちに都会を離れ、伊豆への移住を決めました。

都会と田舎、どちらが子供にとって「正解」なのか。その答えは、おそらく誰にも分かりません。それぞれの家族に、それぞれの正解があるはずです。

ただ、一つだけ確かなことがあります。

僕自身、田舎で育って、本当に幸せだった。

泥だらけになって遊んだ日々も、長い通学路も、限られた娯楽も、そのすべてが今の僕を形作る、かけがえのない宝物です。

だから、自分の子供にも、同じような経験をさせてあげたい。僕が受け取ったこの幸福のバトンを、次の世代に渡したい。理由は、突き詰めればただそれだけなのかもしれません。

もしあなたが今、子育ての場所について悩んでいるのなら、少しだけ立ち止まって、子供の未来に何を一番贈りたいのかを考えてみてください。その答えが、コンクリートのビル街ではなく、土の匂いがする場所にあるのなら、田舎という選択肢は、あなたの家族にとって最高の贈り物になるかもしれません。

ではでは。

田舎での子育てに関するFAQ

Q1. 田舎での子育て、一番のデメリットは何ですか?
A1. やはり、教育と医療の選択肢が限られる点です。 特に、専門的な医療機関や、多様な学習塾・習い事は都会に比べて少ない傾向にあります。 事前に移住先の教育・医療環境をしっかりとリサーチすることが後悔しないための重要なポイントです。
Q2. 仕事が見つかるか不安です。田舎でも在宅ワークは可能ですか?
A2. はい、可能です。僕自身も在宅のデザイナーとして生計を立てています。近年はリモートワークの普及により、職種によっては場所を選ばずに働けるようになりました。 ただし、インターネット環境は必須ですので、移住先の通信インフラは必ず確認しましょう。また、自治体によっては移住者向けの就業支援や起業支援制度を設けている場合もあります。
Q3. 都会育ちの親が、田舎のコミュニティに馴染めるか心配です。
A3. 田舎の人間関係は都会に比べて密な場合が多く、最初は戸惑うかもしれません。 しかし、子供がいると、保育園や学校、地域のイベントなどを通じて自然と交流が生まれることが多いです。 温かい目で見守ってくれる地域の存在は、子育てにおいて心強い味方になることも少なくありません。 地域の行事に積極的に参加するなど、自分から心を開く姿勢も大切です。
Q4. 「自然が豊か」というだけでは乗り越えられない現実もあるのでは?
A4. その通りです。車の運転が必須になる、公共交通機関が不便、買い物が大変など、田舎ならではの不便さは確かに存在します。 憧れだけで移住すると、現実とのギャップに苦しむ可能性があります。 移住を検討する際は、お試し移住制度などを利用して、その土地でのリアルな生活を体験してみることを強くお勧めします。

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