東京の満員電車で足が動かなくなった僕が、伊豆の海辺で1日4時間だけ働くWebデザイナーになった話。

元東京会社員の田舎暮らし 田舎暮らし

※これは、かつて東京のコンクリートジャングルで心をすり減らした僕が、会社を辞めて伊豆の片隅に移住し、本当の意味での「豊かさ」を手に入れるまでの、嘘偽りのない物語です。

あの日、僕の足は意志とは裏腹に、ぴたりと地面に縫い付けられたようになった。

場所は、ひっきりなしに人が行き交う東京メトロ飯田橋駅のホーム。いつものように、ぎゅうぎゅう詰めの電車から吐き出され、次の乗り換え口へと急ぐ人波の中での出来事だった。

ザワザワとした喧騒、無機質なアナウンス、誰かの香水の匂い。すべてがスローモーションのように遠のいていく。脳が「歩け」と命令しているのに、身体のどのパーツも、まるで自分のものではないかのように動かない。金縛りに似た、あの奇妙で冷たい感覚だけが、やけにリアルだった。

駅のホームで立ち尽くす男性

「会社に行かなければ」

その強迫観念だけが、頭の中で空回りする。でも、なぜ行かなければならないのか。何のために、毎朝この息苦しい箱に詰め込まれ、心を無にしてデスクに向かうのか。その問いに、僕の心はもう答えられなくなっていた。

子供の頃から、僕は注意欠陥・多動症(ADHD)の気質があった。一つのことに集中し続けるのが苦手で、興味の対象が次々と移り変わる。そんな僕にとって、決められた時間に決められた場所で、同じタスクを延々と繰り返す会社員の働き方は、少しずつ、しかし確実に、魂を削り取っていく行為に他ならなかったのかもしれない。

心が身体に、最後の抵抗を示した瞬間だった。

こうして僕は、半ば逃げ出すように会社を辞めた。そして、新しい生き方を、僕という人間が本来あるべき姿でいられる場所を求め、妻と二人、伊豆の小さな町へ移り住むことを決めたんだ。




このあたりの詳しい経緯や、会社を辞めるまでの葛藤については、拙著『イナカデノマド』に全て書き記しました。もし、同じように今の働き方に疑問を感じている方がいれば、手に取っていただけると嬉しいです。

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著書「イナカデノマド」の表紙

理想と現実のギャップ。田舎暮らしの最初の壁

伊豆の自然豊かな風景と家

潮の香りが混じる澄んだ空気、鳥のさえずりで目覚める朝。僕と妻が選んだのは、昔からの憧れだった静岡県伊豆市。都会の喧騒から解放され、僕たちの新しい人生が始まった。

「もう二度と、心と身体をすり減らす働き方はしない」

そう固く誓い、東京での失敗を繰り返さないよう、慎重に次の仕事を探した。そして見つけたのが、地元のゴルフ場での仕事だった。美しい緑に囲まれ、大好きなゴルフに関われる。これならストレスなく、のびのびと働けるはずだ。そう信じて疑わなかった。

しかし、現実はそんなに甘くなかった。環境を変えただけでは、働き方の本質は何も変わらなかったんだ。

ゴルフ場の仕事は、僕の想像を遥かに超えて過酷だった。繁忙期には、夜明け前に出勤し、帰宅は日が変わる寸前。お客様の笑顔のために身を粉にして働く日々は、確かにやりがいがあった。しかし、気づけば休日は泥のように眠るだけ。シーズン中は休みもほとんど取れず、心身ともに疲弊していく感覚は、東京にいた頃と何ら変わりはなかった。

冬の凍てついた窓

ようやく訪れたオフシーズン。まとまった休みは取れるものの、真冬の伊豆でできることは限られている。僕が好きだった「釣り」や「登山」も、厳しい寒さの前では気力が湧かない。家の中で、ただ時間だけが過ぎていく。

「何のために、僕たちは伊豆に来たんだっけ…?」

妻と交わす言葉も少なくなり、部屋の空気は重く沈んでいた。このままでは、また同じことの繰り返しだ。焦りだけが募る中で、ふとテレビから流れてきたニュースが、僕の目に留まった。

「コロナ禍を経て、在宅ワークという働き方が急速に普及しています」

パソコン一台で、場所を選ばずに仕事をする人々の姿。僕にも、できるかもしれない。一筋の光が差し込んだ気がした。

独学の挫折と、妻がくれた勇気

「これからは在宅ワークだ!」

思い立ったら即行動。僕はさっそく、本屋でWebデザインやプログラミングに関する本を数冊買い込み、YouTubeで「在宅ワーク 始め方」と検索しまくった。知識を詰め込めば、道は開けるはずだ。そう思っていた。

しかし、ページをめくるたびに現れる専門用語の羅列に、僕の頭はすぐにパンクした。動画を見ても、講師が何を言っているのかさっぱり分からない。何より、明確な目標も、相談できる相手もいない孤独な勉強は、驚くほどモチベーションが続かなかった。

埃をかぶったまま放置された本

意気込んで買った本は、あっという間に部屋の隅で埃をかぶっていた。時間だけが過ぎていき、気づけばまたゴルフ場が忙しくなる季節がすぐそこまで迫っていた。

「もう、後がない」

ある晩、僕は意を決して妻に打ち明けた。

「ゴルフ場を、辞めたいんだ。そして、本気で在宅ワークに挑戦したい」

当然、反対されると思った。ただでさえ、一度会社を辞めて移住してきたのだ。また仕事を辞めるなんて、無責任にもほどがある。どんな言葉を投げつけられても仕方がないと覚悟していた。

笑顔で夫を応援する妻

しかし、妻の口から出たのは、予想もしない言葉だった。

「いいよ。やってみなよ」

驚いて顔を上げると、彼女は優しい目で微笑んでいた。

「毎日、疲れ切った顔で帰ってくるあなたを見るのが、私も辛かった。あなたが本当にやりたいと思うことを、やってみてほしい」

その一言で、僕の心にあった迷いはすべて吹き飛んだ。一人じゃない。一番の味方が、すぐそばにいてくれる。それだけで、何でもできる気がした。

僕は、本格的に在宅ワーカーになることを決意した。退職すれば、雇用保険が3ヶ月間は支給される。この期間を、人生を変えるための投資期間にしよう。もう、ダラダラと悩んでいる時間はない。

未来への投資。オンラインスクールという選択

独学の限界は痛いほど味わった。本や動画で断片的な知識を得ても、それを実践的なスキルに変え、仕事としてお金を稼ぐレベルに引き上げるには、体系的な学びと、導いてくれる指導者が必要不可欠だ。

そこで僕がたどり着いたのが、オンラインスクールだった。自宅から一歩も出ずに、プロから直接学べる。これなら伊豆にいても、東京にいるのと同じ環境で勉強ができる。

しかし、いざ調べてみると、無数のスクールが存在し、どこが自分に合っているのか全く分からない。「Webデザイン」「プログラミング」「動画編集」…。選択肢が多すぎて、再び途方に暮れかけた。

そんな時、あるスクールのホームページに『無料相談』の文字を見つけた。藁にもすがる思いで、僕はすぐに申し込んだ。

オンラインで無料相談を受けている様子

画面の向こうに現れたカウンセラーに、僕は正直にすべてを話した。「本やYouTubeで勉強してみたんですけど、正直、何も分かっていません」。格好悪い自分をさらけ出すと、彼は馬鹿にすることなく、僕の拙い話を丁寧に聞いてくれた。

そして、「漠然とですが、ホームページのようなものを作れるようになりたいです」と伝えると、『Webデザインコース』を勧めてくれた。クライアントの想いを形にし、ビジネスの顔となるWebサイトを構築する仕事。僕が持つADHDの「アイデアが次々湧く」という特性も活かせるかもしれない。直感的に「これだ!」と思った。

だが、問題は受講料だった。提示された金額は、当時の僕の月給とほぼ同額。退職し、収入が途絶える身には、あまりにも大きな金額だ。親に頭を下げることになるかもしれない。本当に元が取れるのだろうか。不安が波のように押し寄せる。

ここで諦めたら、またゴルフ場に戻り、心をすり減らす日々が待っているだけだ。あの息苦しい毎日には、絶対に戻りたくない。

僕は、震える手で申し込みボタンをクリックした。

結果から言えば、この決断は僕の人生を根底から変える、最高の自己投資となった。不安に思っていた受講料は、Webデザイナーとして独立してから、わずか数ヶ月で回収することができた。今の僕から見れば、あの時の投資は、信じられないほど安い買い物だったと断言できる。

パソコンに向かって必死に勉強する男性

受講が始まってからは、文字通り、寝る間も惜しんで勉強した。大学受験の時以上に、何かに没頭したのは久しぶりだった。分からないことがあれば、どんな些細なことでもチャットで講師を質問攻めにした。独学では数週間悩んだであろうエラーも、プロに聞けば数分で解決する。この環境が、どれだけありがたかったか。

そして2ヶ月後。いくつもの課題を乗り越え、自分の手で一つのWebサイトを完成させた僕は、無事にスクールを卒業。Webデザイナーとしての第一歩を踏み出した。

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理想と違う現実。クラウドソーシングでの消耗戦

卒業後の僕は、自信に満ち溢れていた。スクールで得たスキルを武器に、いざ、在宅ワーカーとしてのキャリアをスタートさせた。

最初に目をつけたのは、インターネット上で仕事を受発注できる「クラウドソーシングサイト」だ。サイトを覗くと、Webデザインの案件が星の数ほど掲載されている。これなら仕事に困ることはないだろう。

しかし、ここにも厳しい現実が待っていた。

パソコン作業に疲れ果てた男性

実績のない駆け出しデザイナーが受注できるのは、驚くほど単価の安い案件ばかり。そして、そんな案件にも、僕と同じような初心者たちが殺到する。結局、受注するためには価格競争に身を投じるしかなく、時給に換算すれば数百円という仕事もザラだった。

朝から晩までパソコンにかじりつき、安い案件をひたすらこなす日々。これは、僕が思い描いていた理想の働き方とは程遠い。確かに満員電車に乗る必要はないし、上司に怒られることもない。サラリーマン時代に比べれば、ストレスは少ないはずだった。

だけど、何かが違う。時間とスキルを切り売りするだけの消耗戦。これでは、働く場所が東京のオフィスから伊豆の自宅に変わっただけじゃないか。

そんな風に焦りを感じていたある日、転機は思わぬところから訪れた。近所に住む顔見知りの農家さんと、道端で立ち話をした時のことだ。

「最近、息子がネット通販を始めたんだけど、ホームページが古くてねぇ…」

その一言に、僕はハッとした。

地域に根差した小さな会社

そうだ、僕は「オンライン」の世界にこだわりすぎていた。インターネットの中だけで仕事を探し、顔の見えないライバルたちと不毛な競争を繰り広げていた。でも、僕の目の前には、この伊豆という土地には、Webの力を必要としている人がたくさんいるんじゃないか?

僕はその場で「もしよろしければ、僕に作らせてもらえませんか?」と提案した。これが、僕のWebデザイナーとしての本当のスタートだった。

その視点で周りを見渡してみると、「需要」は至るところに転がっていた。

商店街の風景

新しくオープンしたカフェ、代替わりしたばかりの個人商店、地域の観光イベントの告知サイト…。ホームページを持ちたいけれど、どこに頼めばいいか分からない。そんな潜在的なニーズが、この町には溢れていた。都会に比べてWebデザイナーの数も圧倒的に少ない。ここは、僕にとってのブルーオーシャンだった。

農家さんのホームページを心を込めて作り上げると、それが評判を呼んだ。「うちもお願いしたい!」と、口コミで次々と仕事の依頼が舞い込むようになった。田舎では、インターネット上の評価よりも、人と人との繋がりが何よりも強い広告塔になることを、身をもって知った。

顔の見えない相手とメッセージだけでやり取りするのではなく、目の前にいるお客さんと直接話し、悩みを聞き、それを解決するホームページを作り上げる。そして「ありがとう、おかげでお客さんが増えたよ」と直接感謝される喜び。これこそが、僕が本当にやりたかった仕事だ。

いつしか僕は、「自分のスキルで、この町の小さなお店や会社を元気にするんだ」という、ささやかな使命感さえ抱くようになっていた。

1日4時間労働。僕が見つけた最高のライフスタイル

地域に根ざした働き方にシフトしてから、僕の仕事と生活は一変した。

クラウドソーシングサイトで消耗していた頃と違い、今では僕自身がサービスの価値を決められる。地域の信頼を得ることで、適正な価格で仕事を受けられるようになった。結果として、一つの案件にじっくりと時間をかけ、クオリティを追求できるようになったんだ。

僕たち夫婦は、贅沢な暮らしを求めて伊豆に来たわけじゃない。美味しい空気を吸って、地元の新鮮な食材で料理をして、たまに気の置けない仲間と酒が飲めれば、それで十分に幸せだ。

だから、お金を稼ぐことよりも、自分たちの「時間」を大切にしよう。そう決めた。

現在の僕の労働時間は、1日平均すると大体4時間くらい。午前中に集中して仕事を終え、午後は完全にフリー。それでいて、会社員時代の収入を十分に確保できている。これが、田舎暮らしと在宅ワークを掛け合わせた、僕にとっての最適解だった。

僕のある一日のスケジュール
06:00 起床。愛犬と海岸を散歩し、妻と朝食。
08:00 仕事開始。メールチェックとクライアントとのオンラインミーティング。
10:00 デザインやコーディング作業に集中。
12:00 仕事終了。妻と昼食。
14:00 自由時間。近所の防波堤で釣りをしたり、車で少し足を延ばしてキャンプの準備をしたり。
19:00 夕食。釣った魚を肴に、夫婦で晩酌。
22:00 就寝。
山の頂上で乾杯する様子

「在宅ワーカー」と名乗りながら、最近はほとんど家にいないかもしれない。天気の良い日は、ノートパソコンを持って海辺のカフェに行ったり、キャンプ場で焚き火をしながら作業したりすることもある。

釣り竿とノートパソコン

ADHDの僕にとって、同じ場所でじっとしているのは苦痛だ。気分転換をしながら、好きな場所で、好きな時間に働く。このスタイルが、僕のパフォーマンスを最大限に引き出してくれる。

何よりも嬉しいのは、隣で妻が心から笑ってくれていることだ。東京にいた頃、僕の心と一緒に彼女の笑顔も曇らせてしまっていた。今の穏やかな生活を取り戻せたことが、僕にとって一番の宝物だ。

「田舎暮らし × 在宅ワーク」

この組み合わせは、都会の働き方に疲弊している人にとって、人生を再生させる力を持っていると僕は信じている。もちろん、誰もが成功する簡単な道ではないかもしれない。でも、もしあなたが今の働き方に少しでも息苦しさを感じているのなら、こんな生き方もあるんだと知ってほしい。

最初の一歩は、あなたに合った在宅ワークの形を見つけることから始まる。下の記事で、いくつかの選択肢を紹介しているので、自分なら何ができるか、想像を膨らませてみてほしい。

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この記事を読んでくれているあなたが、あなただけの「自由で、心穏やかな働き方」を見つけられることを、伊豆の片隅から、心より応援しています。

田舎暮らしと在宅ワークに関するQ&A

Q1. 全くの未経験からWebデザイナーになるのは難しいですか?

A. 簡単ではありませんが、不可能ではありません。僕自身、パソコンスキルは人並み以下からのスタートでした。大切なのは、正しい学習方法を選ぶことです。僕の場合はオンラインスクールが最適でしたが、人によっては書籍での独学や、職業訓練校なども選択肢になるでしょう。重要なのは、インプットとアウトプットを繰り返し、実際に手を動かして「作る」経験を積むことです。小さな成功体験を積み重ねることが、挫折しないための鍵になります。

Q2. 田舎には本当にWebデザインの仕事があるのですか?

A. はい、僕の実感としては「都会以上にチャンスがある」と感じています。多くの地方都市や町では、Webに詳しい人材が不足しています。そのため、ホームページのリニューアルや新規作成、ネットショップの開設といった需要が、担い手が見つからないまま眠っているケースが非常に多いです。商工会議所に相談したり、地域のイベントに顔を出したり、地元の商店で買い物をしながら店主と話したりと、オフラインでの繋がりから仕事に発展することが多々あります。ライバルが少ない分、信頼関係を築ければ安定した受注に繋がりやすいのが大きな魅力です。

Q3. 移住の初期費用はどれくらいかかりましたか?

A. 我が家の場合は、賃貸物件の契約費用(敷金・礼金など)や引越し費用、当面の生活費などを合わせて、おおよそ100万円ほどを用意しました。これはあくまで一例であり、移住先の家賃相場や、実家に戻るのか、新たに家を借りるのかによって大きく変動します。自治体によっては移住支援金や家賃補助などの制度が用意されている場合もあるので、移住を検討している地域の役所のホームページなどを確認してみることをお勧めします。

Q4. 注意欠陥・多動症(ADHD)の特性は、在宅ワークにどう影響しますか?

A. 僕個人の経験では、会社員時代よりも遥かに働きやすくなりました。ADHDの特性である「過集中(好きなことへの没頭)」は、デザインやコーディング作業で大きな強みになります。また、「多動性(じっとしていられない)」も、働く場所や時間を自由に選べる在宅ワークなら、気分転換をしながら働くことで逆にプラスに働きます。一方で、「注意散漫」という特性から、自己管理能力は必須です。タスク管理ツールを使ったり、一日のスケジュールを細かく決めたりといった工夫は必要になります。自分の特性を理解し、環境を整えることで、弱みを強みに変えることができるのが在宅ワークの面白さだと感じています。

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