※この話は『資本主義の木陰でスローライフ』に収録されています。
自由の話
「大人になりたい」、それだけを願っていた。
大人になれば、箱ごとお菓子が買える。
大人になれば、好きな時にCDやゲームが買える。
大人になれば、夜遅くまで起きていられる。
大人になれば、自由だと信じてやまなかった少年時代。
今、僕は大人になった。ある程度の自由だって手に入れた。
ただ予想外だったのは、自由はそれほどいい代物ではなかったこと。
「お菓子は300円まで。」
「9時には就寝。」
制限だらけで不自由きわまりない修学旅行を超えるエキサイティングな旅行は、もう二度と味わえないと悟ったこと。
制限の中で精いっぱい楽しむ充実感。
制限をほんの少し超えてみる背徳感。
制限があることで生まれる喜びが確かにあった。
お金がもっとあれば、もっと自由になれる。でも自由と幸福は何か違う。
お金が無制限に使えたら、それはそれできっと虚しい。
擦り切れるまで聞いたCD。今でも台詞を覚えている漫画。全ての村人に話しかけたゲームソフト。
限られたお小遣いの中で買ったものこそ宝物だった。
制限の中に幸せを感じられたら、そこがゴール。
制限の外に幸せを求めるなら、ゴールのない旅のはじまり。
そんな風に考えたら、この競争社会では負け組の烙印を押されてしまうのだろうか。
「向上心を持ちなさい。」
あの時の先生の言葉が、休み続けることを許してくれない。 この木陰にずっといてはダメでしょうか。先生。
ヤリョによる解説
子供の頃は、「あれをやっちゃダメ」「これをやっちゃダメ」とさまざまな制限の中で生きていた。
でも子供は制限があるなら制限があるなりに、その中で精いっぱい遊ぶ力を身につける。
それなのに急に制限の外に放り出されて、
「向上心を持ちなさい」、「夢を持って羽ばたきなさい」なんて言われて、まるで成長しないのは悪いことかのように思わされる。
「大人はズルい」といつも思っていたが、実は自由の方がよっぽど大変だ。
制限がないと、どこまで頑張ればいいのか分からなくなる。
子供の時に持っていた「制限の中でも楽しむ力」を思い出せば、大人だって生きやすいのに。
そんな想いから、この話を書いた。
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